home








感想     コメント集



「bloom」を観て
水無田気流


  「産む」ということと、相性が悪い社会である。合計特殊出生率は下がり続けているし、出産・育児に忙殺される女性の就労率も低い。だが、それはこの問題のごく表層部にすぎない。今、この国で社会生活を営みながら子どもを産むのは、大変なことである。映画では、「どうやって仕事と出産のバランスを維持するか悩んだ」という意見もあった。大いにうなずくところである。「社会」と「出産」はなぜこんなにも相性が悪いのだろう? 「そういう社会派映画」ではないにもかかわらず、女性たちの言葉を聞いて、そんな疑問がわいた。人類にとって、これほど基本的で大切なことはないというのに、どうしてこんなにないがしろにされているのだろう?と。

  また現実に産み育てるとなると、周囲から古臭い因習や一世代前の出産論・育児論をふりかざされて、うんざりする女性も多いようである。実際、映画の中にはそういう女性もいた。「無痛分娩で産むと年寄りからいろいろ言われそう……」などと。医療技術をはじめ、技術の浸透は因習や先入観によって阻まれる。もっと合理的に、現実的にいかないものだろうか。そんなことを考えたが、出産・育児にまつわる因習は、とかく合理的な考え方と相性が悪い。それは、こうした因習が一時代前の「生活合理性」に根ざすからであろう。「戌の日に腹帯を巻く」などというのも、昔のライフスタイルからすれば、それなりの意味があったのである。ただ、「生活合理性」はいつの日か「伝統」や「信仰」になる。それはそれで決して悪いこととは思わないが、問題は「信仰」には批判や検討の余地がないという点である。それは時に、現実に「今」「この社会で」産む女性たちの生活に即した「合理性」の浸透を阻む。この無言の圧力に気おされ、産むことに躊躇する若い女性も多いだろう。

  その一方、育児に「正解」はないが、「流行」だけはあり、今日では商品経済とタッグマッチを組んで、がんがん宣伝はされるし、説教もされる。そんな情報の洪水の最中、調べれば調べるほど滅入ってくるのは当然である。そんなとき、「周囲に相談できる人がいない」という意見があったのも気になった。「家族で助け合えばいい」とオジサンたちはこともなげに言うだろうが、なかなかそうはいかないのが現代の「孤立母」である。
  たとえばこの国で、子育て世代の夫の就労時間は非常に長い。男性の育休取得率はきわめて低く、はっきり言って「夫は当てにできない」女性が多いのである。これは、夫個人の問題というよりは、雇用環境の問題である。日本の若いお父さんたちは、育児への意欲は高いが、とにかく仕事が忙しすぎる。いや、男性も女性も、「家族のために時間を割く」ことについて、ハードルが高すぎるのである。また、自分の両親や義父母に相談しようにも、近年の晩婚化で親世代も高齢化し、頻繁に手を貸してもらうわけにはいかない場合もあるだろう。第一「身内」だと、そこに利害関係がからんでくるし、古臭い説教もついてくる。もちろん親類と相性が良く、「スープの冷めない」距離にいる女性ばかりなら良いが、そうはいかない場合だってある。利害も損得も関係なく、「ただ相談できる人」がいないというのは、それだけ地域社会のソーシャル・キャピタル(良好な人間関係)が衰退しているということである。

  個人の問題。女性だけの問題。そう言ってかたづけられないのは、子どもを産み、育てるということが軽視される社会というのは、どんなにGDPが上昇しても、株主利益率が上昇しても、結局のところ空疎な社会にほかならないからだ。ある女性は語った「(子どもと)手をつないで、歌いながら歩いているだけで、これは『今だけ』なんだなあと思ったら泣けてきて」と。私は子どもを育てて3ヶ月にしかならないが、よく分かる。毎日毎日爆発的に育っていく子どもの「今」は、二度と帰ってこない。だから、母になるということは、かけがえのない子どもの「今・ここ」を体感することである。今は本当に、子どもと過ごす日常の、一分一秒が愛おしい。時間がこんなに愛おしいものとは思わなかった。ほかにも「生かされている」「親に感謝した」等、生命の営みについての感慨も多くよせられていた。

  「産む」ということと相性が悪い社会、というのは、こうしたかけがえのない「今」、かけがえのない「生命」を軽視する社会である。つくづく、そう思った。



水無田気流(ミナシタ キリウ) Profile 〜
東京工業大学世界文明センター・フェロー
詩人、社会学者。
1970年、神奈川県生まれ。2005年、早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。本名・田中理恵子。2003年第41回現代詩手帖賞受賞。2006年第一詩集『音速平和』(2005年 思潮社刊)で第11回中原中也賞受賞。2008年1月に評論『黒山もこもこ、抜けたら荒野 ―デフレ世代の憂鬱と希望―』(光文社新書)発刊。第二詩集『Z境(ぜっきょう)』(思潮社)近刊。
URL:http://blue.sakura.ne.jp/~intermezzo




(C) 2007 kosodate conveni all right reserved.